大事件 

京都の宇治で、塾講師が生徒を刺殺するという事件があったそうです。
現場は以前私が宇治に住んでいたところから1〜2キロというところで、間違いなく前を通ったこともあり、だいたいあの辺かなとは知っているところです。また、学習塾が現場ということで、他人事とは思えないような事件に感じました。詳しいことは分かりませんが、生徒に嫌われた講師がその生徒を刺殺したという事件のようで、とりあえず言語道断です。

学習塾の講師というのも、立場としては難しいものがあります。至上の命題は生徒の成績を上げることなのですが、そのためにはどういう方向性の手段を採ったらよいのか。勉強しない生徒に対しては叱ることも必要ですが、生徒と信頼関係の築けていない状態で叱っても、それは逆効果ではないか。私のスタンスとしては一貫して叱らないという方向なのですが、果たしてそれが正しいのかどうかは分かりません。ただ、叱るのは楽なようですが、私は性格的に叱るのは疲れるのです。そういう意味で叱ることができないという面もあり、それはどうなのかという話もあります。生徒には笑顔で帰ってもらいたいというのが常々思っていることですので、それを貫いていけばそれはそれでいいのかとは思っています。
話が逸れますが、最近は勤める塾が、塾全体の方向性なのかどうかは知りませんが、講師に教室を綺麗にするように働きかけています。教室を綺麗にするのは良いことですが、それを講師に強制するのは方向性として違うのではないかと思っています。教室の清掃はそもそも教室長の仕事のはずです。それを体よく講師にさせるのは、社員の怠慢にしか感じられないのです。講師が自主的に教室を綺麗にするのは良いことです。そういう講師を積極的に評価すればいいのです。また、それに関してチェックシートみたいなものを書かせるのも、正直言って時間のムダです。ちゃんとしている講師には意味のないものですし、ちゃんとしていない講師はおざなりに○をつけるだけですので、どちらにしても意味が感じられません。そんなことよりもっとすべきことはあると思うのですが、どうにも最近塾との方向性の違いを感じることが多いです。
塾として一定のレベルを保つため、最低限というものが必要なのは認めます。しかし、何から何までマニュアル化するような仕事ではないと思うのです。個別指導という形で個々に応じた授業を提供することが売りのはずです。生徒の成績を上げる、という方向に向かっている範囲では、それぞれの講師の自主性、工夫を尊重してほしいのです。それができない講師は使わなければ済むことです。それができる講師をそれだけ厚遇してほしいと思うのです。個別指導の塾において最大の商品は講師です。その講師がやる気を出せるような環境を作ること、塾としてはそれに主眼を置くべきです。そうしていれば自ずから生徒側に満足していただけるような授業の提供はなされるものだと思います。

ブログでは饒舌ですが、こういうことを直接は言えない人間ですので、タイミングを見計らって身を引くのみですね。