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看寿賞について思う 

標題とは関係ないですが、ちょっと前に風みどりさんのところで、動く将棋盤が大きくできないかという記事がありました。ちょっと思いついて試してみたのですが、どうもできるみたいですね。サイズ指定のところを適当にいじったらいけそうです。

昨日軽く書きましたが、看寿賞の選考方法について思うところがあります。改革委員をやっていたときに言え、という話なのですが、こういうのは実際にその制度でやってみて気付くことがありますね。今回の記事で気になったのは次の2点。

28ページ、福村さんの発言の冒頭部分。「看寿賞は一定の基準以上の作か、それとも年間の最優秀作かという議論がありますが、私は過去の受賞作に及ばなくても一定のレベルに達していればよいと思っています。」というところ。

これは看寿賞の根幹、意味づけに関するところで、選考委員個人の判断でどうこうしていいところとは思えません。こんなこともきちんとせずに選考をして、過半数行かないから該当作なしといわれても、どう判断して投票しているんでしょうか。

36ページ、最終投票での柳田委員長の「バッカス」に対するコメント。「万人が納得するような年間最優秀作という意味から考えて…」。というところ。

万人が納得することはないかと思いますがそれはともかく、看寿賞が年間最優秀作であるのならば、投票は1作にするべきでしょうし、何よりも該当作なしというのはおかしいのではないでしょうか。1つめともかぶりますが、この辺りの姿勢がはっきりしていないと思います。


思うに、年間最優秀作という位置づけであるならば、決選投票をしてでも1作に絞ればいいことです。一定以上の水準という位置づけであるならば、最終候補作1作ごとに受賞価値があるかないかの投票をするべきです。

該当作なしが過半数だった訳でもないのに該当作なしというのはどうにも納得が行かないのです。現状のシステムはどうもどちらつかずになっているように思えます。今一度しっかりと議論をしてみるところだと思います。

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コメント

なるほどおっしゃる通り。
自分では看寿賞を「年間最優秀作品」ではなく、後世に残すべき水準の作品と捉えていたので、「該当なし」に違和感もありませんでした。
たしかに基準が動いてはおかしく、「年間最優秀作品」なら「該当なし」はあり得ない。
きちんとすべきでしょう。

コメントありがとうございます。
自分では結構正しいことを書いたつもりでいたのですが、誰からも反応がなかったので、何か間違っていたのかと不安になっておりました。タラパパさんにご賛同いただけるとは心強い限りです。
ここをご覧の看寿賞選考委員の皆さんにもコメントをいただけると嬉しいですね。

万人が納得する事はあり得ない以上、結論そのものよりも、提出されている論点を網羅した上で各委員が判断したかどうかという点が重要と思います。
そういう意味でいくと、パラ7月号を読んでも、一般からの推薦に付記されていたであろうコメントがどのように扱われたのかがハッキリしません。
その辺りを改善するともっと良くなると思うのですが。

いやホント
由々しき大事ですよ、これは!

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